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おでかけの日は晴れ

お休みの日は映画を観におでかけ。時折、旅行。

11月28日、朝。ぶっちが死んでました。

朝7時頃に武田が起きて寝室から出て、しばらくして私を起こして言うのです。
「大変だよ。ぶっちが死んじゃった・・・」
私は起きてぶっちを見にいくことが出来ませんでした。信じがたいけど、とうとうそんな日が来たかと思い、そのまま布団に包まったまましばらくずっと泣いてました。


前日はマタハリライブが終わり、片づけをして、家に帰ったら1時過ぎ。楽しかったなあとツイッターで皆さんの感想を読み、熱いお風呂に入って寝たのが3時頃。
寝る前、部屋の中にいるぶっちを見ました。最近は寒いので、あったかい座布団やダンボール箱の上を好むのに、冷たい床にぺたんと腹ばいになって座ってました。「おいおい、ぶっち」と声をかけると私を見上げます。いつも、ぶっちは可愛い顔をしているなあと飽きもせずそう思うのですが、その時はいつも以上に可愛いなあと思いました。なんだか目があどけなくて。
お風呂から上がってぶっちとガラにエサをあげました。前日と前々日にマタタビをあげました。エサについてくるオマケのマタタビです。オマケなのに、何故か「特別な時のために」と思って使わずに取っておいてあるのです。しかし猫と私たちの生活にとりたてて「特別な日」などなく、マタタビは溜まるばかりなので、もっと当たり前にあげてみようとおとといあたりに思ったのです。それでその日もあげようかと思ったら近くになくて、まあいいかとエサだけあげました。ぶっちはいつものように率先してカリカリのエサを食べてました。


朝、ぶっちは2階の私たちの寝室の横の廊下に置いてある座布団の上で眠ったままの姿で死んでました。

最期の場所を、私たちの一番近い場所にしてくれたんだなあ・・・。

5年前、15歳で死んだリンダという猫は、死んでしまうしばらく前から食が細くなり、どんどんと痩せていき、そしてある日、玄関先で死んでました。
ぶっちはもう17歳を越えてたので、去年辺りから多分そろそろなのだろうとは思っていました。思ってはいたけど、ぶっちがいなくなる日が来るなんて、正直考えたくありませんでした。去年辺りから多少痩せたものの、食が細くなることもありませんでした。今年に入ってから歩くのがひょこひょこしてきました。それでも今年5月に2階建て木造の家に引越しして以来、ぶっちは2階の階段がお気に入りで、ひょこひょこ登ったり降りたりを楽しんでいるようでした。夜に私たちが帰ると、必ず玄関で待っていました。朝、武田が店にもって行くために冷蔵庫の中のものを保冷バックに詰めているときには、どこにいても必ず猫たちはやってきてその傍らに座り、それを見守っているのが常で、私はその姿を「猫会議」と呼んでました。
毎日毎日、おんなじことの繰り返し。
ぶっち、と呼べば、にゃあ、と答え、ぶっち行くぞ、と声をかければスタスタと移動する。猫ブラシを見せるととことこやってきてごろりと横になる。朝のお見送り。夜のお迎え。
子供の頃からおっとりとして、他の猫に叩かれても叩き返すことなく、ケンカすることなく、爪を出すこともなく、マヌケなかおをしたデカい猫、ぶっち。
17年間。夏は暑く冬は寒い部屋で、安いエサで、一緒に暮らしたなあ。
もう、ぶっちに会えないんだ。
もう、あんな可愛い子に、会える気がしない。


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朝、ようやく起きて、冷たくなってるぶっちを見る。触る。ああ、本当にもう動かないんだ。
しばらくして武田が手早く動物霊園へ手続きをする。私は、どこかにそっと埋めれないのかと思うのだが、実際にそういう場所は考え付かない。
私は何も出来ない。
2時頃、動物霊園に行く。ああ、だめだ、私にはそこの作務衣を着た男性も「動物霊園」なるものも何もかも、俄かに信じられなくなっていた。私はぶっちの死を、とても個人的なものとして悼みたかった。ほんの僅かな間でも、こんなおっさんを介入させたくなかった。ひどく苦い思いだけが後に残っている。
家に帰って、また布団をかぶってひたすら寝てしまった。

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その日はネットで電気カーペットと、ガスファンヒーターのホースと、家の中で着るあったかい服を買う。今日はダウン70%のあったかいコートを買う。2日間、あまり家から出ず、気付けばあったかいものばっかり買った。あったかいものを買うことで少し気持ちが落ち着いた。
帰りに甚目寺観音にお参りに行ったら、そこは小さいのやら中くらいやらの猫だらけだった。