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おでかけの日は晴れ

お休みの日は映画を観におでかけ。時折、旅行。

「365日のシンプルライフ」


最近、ある友人の収納に関する日記を読みつつ、まだ幼いコドモちゃんを抱えつつも快適な生活を常に追及しながら家の収納に取り組む彼女をすごいなあと思いつつ、私もなんとかしたいなあという気持ちが湧き上がってくる今日この頃、武田が急に「スコーレで『365日のシンプルライフ』を観ない?」と言ってきた。まったくチェックしてなかった映画だけどなんだか面白そう。それを観てきました。
ペトリくんという、フィンランド国営放送でドキュメンタリーなどのカメラマンの仕事をしている青年。彼が1年間の実験を通して自分の人生を見つめなおしたドキュメンタリーです。
釣りやレコード鑑賞などの趣味を持つ独身のペトリくんの独り暮らしの家は物で溢れています。そして彼は自分が幸せではないと感じています。好きで買ったものばかりなのに。彼は一大決心をして、すべてのものを全部、近くの倉庫に預けました。服も、クレジットカードも、歯ブラシからすべての家具にいたるまで。
もう、彼の部屋には何一つありません。そして彼は裸です。ここから、彼の実験がスタートします。
ペトリくんの実験は1年間。
その間、彼は1日に1つだけ、倉庫から物を持ち出すことにしました。
そして1年間、食料品以外の「物」を買うことを一切禁じました。
さて、雪の積もる寒いフィンランドのある街で、彼は人の寝静まった真夜中、真っ裸で家を飛び出し、倉庫へ走ります。最初に持ってくるものは一体何か。そしてその翌日は何を持ってくるのか。一体、幸福に生きていくうえで、何が必要なのか。
そういう映画です。

ペトリくんは何日か後にベッドのマットレスのみ持ってきます。それまで何も無い部屋で1枚のコートにくるまって床で寝ていた彼は、数日経ってやっとマットレスを生活の中に戻したのです。そこで彼はそれまで感じたことのなかった幸福感を覚えたと言います。そうですよね、私たちは、必要最低限のものは最初からすべて揃っていたのですから。ベッドに眠るなんてこれまで当たり前のことにおもっていたのですから。ペトリくんのおばあちゃんが言います。「戦争が終わったあとは、なんにも持っていなかったのよ」と。これは日本から遠いフィンランドの話ですが、そうですよね、「世界大戦」だったのですもの。日本だけでなく、近隣諸国だけでなく、戦争に負けた国も勝った国も、そしてこの美しいフィンランドも、あの第二次世界大戦のあと人々は多くのものを失なったのです。そして時間をかけて1つ1つ、物を得ていったのですよね。何もない状態から得る最初のひとつひとつは本当に幸せに結びついていったのだなあと改めて思いました。ペトリくんも今、初めてその感覚を体験しているようでした。

そういえば私は22歳の時に家を出ました。持って出たのは友達の乗用車に1台分、積むことの出来るものでした。あの時私が持って出たのは、セレクトしたマンガ、本、雑誌、わずかばかりの服、布団、そして何故か鏡台。これだけだったと思います。一人暮らしを始めた最初のうち、アパートの中には何もなかったなあ。何年かかけて、殆どは貰ったり拾ったりしたものでしたが、物が増えていくことが嬉しかったけど、あの頃もっとも自分を幸福にしたのは、会社の人がくれたテレビとか、知人がくれた電話とか、そういうものではなく、拾ってきた黒猫でした。

さて、昨日「365日のシンプルライフ」を観て、私にとっての快適空間を目指すために今日は机の上をお片づけ。自分の机の上、たったそんだけなのに、かかった時間は4時間ぐらい?大事なものも要るかもしれないとおもってたものも、みーんな等しく机の上に積みあがっていたものを、多少は捨てて、あとは全部見えやすく吊り下げたり、あまり機能を果たしてなかった小物を入れる引き出しには全部入れたものの名前を明記し、これからは積み上げていかない机を目指すことにしました。