おでかけの日は晴れ

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「散歩する侵略者」

散歩する侵略者


映画『散歩する侵略者』予告編 【HD】2017年9月9日(土)公開

キャスト

黒沢清監督「散歩する侵略者」を見て1週間が経つ。

何か書きたいと思うのだが文章にならない。

「この映画は○○である」「○○ということなのだ」みたいなことが書けない。

心の中に感想をまとめたい欲求だけはあるのだが形にならない。

ただ、断片だけがある。

映画を観ながら感じ続けた「○○がいいな」という断片が。

その断片を重ねてみよう。

 

あの赤い血糊がいいな。とてもねっとりしてて。最初のシーン、立花あきらとその家の中の床に広がる血糊が。

 

最初から怒ってばかりの妻、鳴海。鳴海の元から一時は去った夫・真ちゃんは過去、鳴海にどのような仕打ちをしたのかはリアルに語られない。ただ鳴海のセリフからは不倫だったことは匂わされるが。しかしその真ちゃんは今、宇宙人に肉体をのっとられ、鳴海の元に戻ってきた。2015年の黒沢監督「岸辺の旅」の夫婦の関係を思い出させる。失踪した夫が戻ってきて自分は既に死んでいるがこれから思い出の旅に出ようと言われ、妻はそれに従い二人彼岸を旅する物語だ。深津絵里が演じたその妻と浅野忠信演じた夫。確かその夫も妻以外の女と付き合っていたという設定だった。この「散歩する侵略者」と「岸辺の旅」のその部分が私の脳内で共鳴しあう。

 

あまりにも異様な夫・真ちゃんに対し、あくまでも妻の立ち位置でイライラし続け怒り続ける鳴海を演じる長澤まさみの硬質な質感。彼女の妹を演じる前田敦子の現代的で独特なやわらかさを感じる質感。その違いがいい。

 

惨殺された立花家を取材する桜井が、同じくあきらを探す青年、天野と出会う。天野の家に行くと、彼から様々な概念を抜き取られたかつての彼の父親と母親が。荒れた家の中。うつろな目をした天野の両親。この映画のまだ最初のほうに描かれるこの不気味な家に、黒沢監督の2016年の「クリーピー」を思い出し、またここで物語が共鳴し始める。「クリーピー」では薬を使用した洗脳と虐待。でもこの作品はそうではなかった。

 

無敵の格闘少女、立花あきらを演じる恒松祐理演じる蜘蛛のように相手を拘束する長い足。痛みを感じることのないけだるげな表情。とてもいい。

 

あきらと双璧をなす天野を演じる高杉真宙(鎧武の頃から思うと大きくなったナー)。最初の不気味な印象、何も映らない瞳を持った青年から、人の概念を奪っていくごとに何か深みが生まれてやわらかい存在になっていくその変化がとてもいい。

 

目が、髪型が、全体の立ち姿が不思議な異常さを醸し出す満島真之介。すごくいいアクセントになっていて、この人がこんなにいいと感じたのはこの映画が初めてだ。

 

最近はどんな作品に出ても、目と、そしてセリフ回しが不思議な異常さを醸し出す東出昌大は、やはり遺憾なく異常さに満ち満ちていて、答えのない問いを提示された気がする。

 

宇宙人の天野と立花あきらと行動を共にするジャーナリストの桜井。桜井がいつ彼らを裏切り人間側に立つのかを思いながらずっと観ていた。そういう私の割と素直な想像が次々と裏切られていく展開がいい。

 

クリーピー」に続いてとても頼りがいがあって、ドキドキしながら見ている私のひとつの心の支えとなり、そしていきなりフェイドアウトしていく笹野高史のいい存在感。

 

ラストの桜井。演じる長谷川博己の最高の見せ場!一緒に観た友達と私とであのシーンの解釈は違っていた。友達は「宇宙へ通信するための時間稼ぎの行動ではないか」。私は「元々は社会派ジャーナリストであり、かつて戦場ジャーナリストへの憧れもあったのではないか。宇宙人に憑依された桜井のその過去の意志が純粋に形になった結果ではないか」。ところで私たちは桜井は天野の中の宇宙人を桜井が引き継いだという設定で話をしていたと思うのだが、実際にそこは省略されていてどうだったかは映画では明記していないのだな。

 

鳴海には妹がいて、父母もいて、仕事もあった。それでも自分を捨てた夫・真ちゃんの体を借りて地球を侵略しようとする宇宙人と共にいることだけを彼女は望む。彼女は家族も、彼女の知人も、見知らぬ70数億の人類も一切省みない。愛というのはなんなのか。この映画を観てその問いに答えられる人はいるのか。最後に私から愛の概念を奪えという、彼女の愛とはなんなのか。狭いのか。深いのか。身勝手と言われるものなのか。無償なのか。

 

そして最後の長澤まさみの表情。あっと思う。うまくは言えないが、彼女はこんなに素晴らしい女優なのか、という驚きを最後、余韻と共にもたらしてくれた。

 

去年の「クリーピー」「ダゲレオタイプの女」に続き、今年も「散歩する侵略者」という不思議で、言葉にならなくて、そして素晴らしい作品を作ってくれた黒沢清監督。観ることが出来てすごく幸せだ。