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劇団どくんご「誓いはスカーレット」観ながら思っていた超個人的なあれこれなど

豊橋市松葉公園でのテント芝居「どくんご」の「誓いはスカーレット」、観てきました。

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実は私は24歳辺りから32歳までの9年間、劇団に所属し、芝居をしていました。

その頃の私は、仕事中も芝居のことばかり考えていられる仕事に変えました。仕事の合間合間にストレッチをし、仕事をしながら頭の中でずっとセリフを覚えることに使い、セリフを覚えた後はずっとイメトレをしていました。仕事をしながらワープロを開いて台本を書いていたときもありました。

 

私達の劇団は、サプライズを大切なものと考えていました。衣装で、舞台セットで、演出で、観に来てくれた人に驚きを与え、それが夢や感動に繋がってくれればいいと思っていました。

そのためには、開演するまで私たちの衣装やメイクした姿を観客に見せることはしません。舞台セットも暗闇の中で隠されていました。

しかし。どくんごでは。

すでにメイクをし、衣装を着た役者が舞台上に置かれた受付でお金の精算をしたり客入れをしてます。舞台セットは隠されておりません。

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お客さんも缶ビールや缶チューハイ飲みながら観劇の人もいるし、ちょっと新鮮に感じながらもなんとなく「なるほどなあ・・・」と思ってました。

 

ただ、そこから芝居が進んでいくにつれ、正直言って「なんだろう?」「なんだろう??」っていう気持ちがどんどんと膨らんできました。

ある幕で出番を終えた役者たちは舞台の横の観客にまるっと見える場所にいて、楽しそうな顔で舞台を見ていたりしています。それは演じている顔なのか、素の顔なのか? わかりません。ただ、衣装をつけメイクもした役者が出番が終わったあとで素の顔を見せて舞台の横の見えるところにいる芝居なんて、私は初めて観たし、そういうことを考えたこともありませんでした。

例えば後半、テント芝居の後ろの幕が開かれ、向こう側の風景、それは舞台上の異世界ではなく公園の向こうの広がる普段の風景で、そこでは道を歩くサラリーマンや2人でサッカーのパスをしている男性たちや散歩の親子連れがいます。私たちが芝居を観ているその視界の背景に、薄暗がりの松葉公園にいる普通の人たちが入り込みます。もしも、彼らのパスしそこなったサッカーボールが舞台の中に入ってきたらどうするんだろう。酔っ払ったサラリーマンが入ってきたらどうするんだろう。私たちの劇団だったら、「そういったハプニングもある程度想定しつつ、でも絶対に芝居を壊されないように厳重に注意を配る」ということに神経をつかいました。でも、どくんごの人たちは万が一に対応する人員を割くこともせず、なんていうかとにかく自由というか、気持ちがとても広いのだなあと感じました。

ああ、どくんごには私たちの劇団が持っていたストレスが何もないのかも。

私たちの劇団では上演前に姿も存在感も消し、明かりがついた途端にどこからともなく登場し、退場したらまた存在を消し、何が起こっても芝居を中断されないように周囲に細心の注意を払い・・・などなどの緊張感で舞台を作っていたのだけれども、どくんごにそれはまったくない。

しかし、です。そんな劇団が何故こんなことが出来るのか。

最初のピストルを持った男女の、あの動きはきっちりと演出で決められたものでセリフと動きがピッタリと合っている。「わたし、見ちゃったんです」から始まる幕は、4人の役者のセリフの呼吸から動きのシンクロ度がとても高い。桃太郎の話の芝刈りから芝生の高さへと話がどんどんと変わっていくポンポンポーンの変な外人の男の幕、あれなんてもう、どこまで台本で言語化されているんだろう? そしてすべての役者のセリフは、しっかりと舞台上の相手にかかり、どんな意味不明なセリフだろうとどこへも届かずぽとんと落ちてしまうような、そんなセリフは1つもない。

「自由」という言葉のニュアンスの近くにある「ゆるい」みたいな単語とはまるでかけ離れたところにある彼らの芝居、本当にもうこれは一体どうなっているんだろう、と思いながらずっと観ていました。

 

そうだわ、私は昨日も芝居の話をしていたんだった、と唐突に思い出しました。

かつての芝居仲間が来てくれて、その時に私たちが若い頃に知り合い、そして今もずっとお芝居をしているある男性のことを話していたのです。私の友人はその彼のことを最大限の尊敬をこめて「芝居に魂を売った男」と言っていました。

そうだ。20代の頃、同じように舞台に立ってた私たちがいて、私たちより若い子だとか後から入ってきた子が私たちより先にやめ、私は芝居のことばかりを考え、そんな時間があったということがそれほど遠い記憶でもなく、まだどこか身近な過去として自分のそばにあります。そのときの私はずっと芝居をやっていきたかったし、そうあればどんなに幸せかと思っていました。しかし30歳を少し越えた頃から1年のうちの結構長い時間を芝居に費やすことが苦しくなってきました。もっと好きな人のそばにいる時間が欲しい。映画をもっと観たり本を読んだりしたい。なによりもう、芝居の台本を書けなくなった・・・。そうして私は33歳で劇団から去り、喪失感も数年間はじわじわとあったけれどもどことなく肩の荷を降ろしたような気もしていました。

そうだなあ。20代後半の私は、芝居をやめる選択をするとは思ってなく、そして一体誰が続けていくのか、そんなことも勿論知る良しもなかったです。

あれから20数年が立ち、私は50代半ばになり、ここでひとつの結果が見えてきました。

あの人と、あの人は、まだ芝居をやっている、とか。

あの人と、あの人は、あんなにうまかったあの人は、もう芝居をやっていない、とか。そしてあの時は気付かなかった、芝居がうまい一役者だと思っていた男性は、「ああ、芝居に魂を売った男なのかもなあ」と今は思う。そんな風に私たちはある程度長いスパンで私とそれぞれの人たちの人生を省みることの出来る、そんな年齢になってしまったことに気付きました。

昨夜の私の目の前には、かなり長くこの芝居の世界にいる人が、生活が芝居の人たちの芝居が繰り広げられている。

観客は、どこでもそうなのか、豊橋の観客がそうなのか、すごくあったまってて、最初から結構ドカンドカンと笑っている。目に焼きついた美しい光景があり、すごく面白いアイデアがあり、ずっと芝居をやり続ける人には生まれてこなかった(のかもしれない)私が、ああいつかの私がこんな面白いことを発想できたら、こんな風に寛い気持ちで芝居に向き合えていたら、などと思いつつも、本当に、すこぶるやわらかい気持ちになって芝居を愉しんだ夜でした。