おでかけの日は晴れ

お休みの日は映画を観におでかけ。時折、旅行。

男たちの3日間の恋の物語 『ダンサー そして私たちは踊った』と『ソン・ランの響き』

いろんな理由で1日2本、映画を見に行く。

休日にせっかく出かけるのだし、1本だけ観るのではなんだか勿体ないとか。

観たい映画は何本もあるので、1日に2本は観ないと追いつかないとか。

それから、2本観ることでちょっと面白い相乗効果が生まれる、とか。

今日のもそんな感じ。

ジョージアを舞台にした『ダンサー そして私たちは踊った』を観て、ベトナムを舞台にした『ソン・ランの響き』を観た。

どちらの映画もその国の伝統芸能が深く関わっている。その国の音楽も深く関わっている。そしてどちらの映画も逃れられない貧しさがあり、でもその町や住む家の風景や色合いが観ている私を強い力で誘う。ああ、あんな窓辺。あんな階段。あんな植物。様々な風景がここに来てみないかと呼ぶようだ。

2本の映画が今、私の中でうねっている。

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『ダンサー そして私たちは踊った』

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ジョージア国立舞踏団に所属するメラブ。

ジョージアの伝統的な舞踏は、女性には処女性を求め、男性は釘のようにまっすぐで強く、揺らぎがないことを望まれる。「ジョージアの舞踏にセックスは必要ない」と言い切る厳しい指導者のアレコ。メラブは舞踏団の中で幼馴染のマリと共に踊りの重要なパートの指導を受けている。さらに夜はレストランでのアルバイトで家計を支えている。メラブの家庭は、いやジョージアの多くの家庭は貧困にあえいでいる。

そんな中、イラクリという青年が舞踏団に現れる。彼の踊りの技術はすぐにアレコの目に留まる。

ちょうどその頃、メイン団の男性ダンサーに1人、欠員が出た。メイン団に入ることが出来れば給料も上がる。その欠員候補者として数人、その中にメラブとイラクリも選ばれる。ライバルではあるが、早朝のまだ誰もいないレッスン場でレッスンする中、メラブはイラクリに恋をしていく・・・。

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この映画はジョージアの伝統的な舞踏の音楽で始まる。

速いテンポで演奏されるパーカッションの音に気持ちが高鳴る。そして動くときに上下の揺れを感じさせずに滑るように移動する女性の踊りと、対照的に強く激しく動く男性の踊り。ジョージアの踊りは私にとって見たことのない舞踏だった。

舞踏のパートナーでもあるマリとは付き合っているのだが、それはこどもの頃からの延長のような付き合いだった。しかしイラクリのダンスを見て、メラブは初めての恋をするのだ。ダンスと生活に追われてどこかイライラしていたメラブの表情が花が咲くように明るくなっていき、ひとりでに笑みさえこぼれてしまう。目で常にイラクリを追ってしまう。メイン団にでた欠員は、あるメンバーがゲイだとわかり、他の団員から暴行を受けた上に修道院に送られてしまったせいだと噂が飛び交っている。それを知っても、メラブの気持ちは抑えられない。

そして、マリの誕生日パーティに数人の舞踏団のメンバーたちと共に招待された2日間。

1日目の夜、眠れなくて外でタバコを吸っていて、寝室に戻るとイラクリの姿がない。探すと誰もいない雑木林の中、ひとりタバコを吸っているイラクリ。その隣に座り、メラブとイラクリは言葉はなくとも目と目で、お互いの体と体で惹かれあい、お互いの体に触れ、お互いの欲情を知る。

2日目の夜はふたりで昨晩の場所に行き、キスをし、セックスをする。

3日目、彼は幸せに満ちたまま帰宅し、そして翌日にレッスンに行くと、そこにイラクリの姿がない。

恋をしたメラブは幸せそうで、そしてそれが成就したかに思えたこの3日間が何よりの幸せだったはずだ。しかし、理由もわからないまま、イラクリに連絡が取れなくなり、メラブは激しく動揺し、それと同時に彼は何もかもをなくしていくのだ。

恋が、彼にいろんなものを失わせた。

いや、そうではなく、恋によって彼はいろんなことを知るのだ。彼の住む世界の貧しさだとか、男が男らしくあらねばという世界の仕組みを。そしてその世界の中に幸福な未来を感じることができないということを。

最後、彼は踊る。それは彼が目指したオーディションだった。しかし彼はジョージアの伝統舞踏が求める踊りではなく、彼自身の踊りを踊った。

痛みと、美しさと。

踊って、そして去っていく。

恋をして、その恋は幸せな結末を迎えることはできなかった。でも彼は変わることを選んだ。自分がこれまでここにしか道はないと思ってきたものから外れて、別の地平に向かって。

悲しいけれど、そこには未来があった。


『ダンサー そして私たちは踊った』

 

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『ソン・ランの響き』

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ユンは貸金業を営む女の下で借金の取立てを生業としている。取り立てのためには暴力も厭わない。ユンは、カイルオン(ベトナムの大衆歌舞劇)の劇場に取り立てに行く。公演を前日に控えた劇団だが興行主は借金の返済が滞っている。ユンは舞台衣装にガソリンをかけ、払えないのなら今すぐ燃やすと脅しをかけるが、それを止めたのが花形役者のリン・フン。自分の時計や貴金属を代わりに差し出そうとするが、ユンはそれを受け取らず、その日は帰る。

公演初日。ユンはその舞台を見に行く。「ミー・チャウとチョン・トゥイー」という演目は、敵国同士の王子と王女の悲恋の物語だ。観客は彼らの演技に酔いしれ、泣いている。ただ、リン・フンの師匠は、彼の演技を完璧であるが、役者として恋をして、人生の経験を積み、役をもっと深めよとアドバイスをする。

舞台の後、公演の収入から借金の返済金を受け取るユン。

公演の2日目。開演前、リン・フンは食堂で僅かばかりのビールと共に食事をしていると地元のヤクザに絡まれた挙句、ビールを頭からかけられる。それに対してヤクザに殴り掛かるリン・フン。店の中で乱闘になるが、ちょうどその少し離れた席で食事をとっていたユンが加勢し、ヤクザを追い払うが、リン・フンは昏倒し、ユンは彼を自分の住む部屋に連れてきて寝かせる。2日目の公演に穴をあけてしまったリン・フン。しかも乱闘時に(多分、宿舎の)鍵をなくし、帰ることさえできない。そのまま、ユンの部屋で一夜を過ごす。それは長い夜となった。いつしかふたり、ファミコンに興じ、幼いころに共通の本を読んでいたことを知る。そこに突然の停電。ふたりは外に麺を食べに行き、そしてお互いの子供時代や過去について語り合っていく。その一晩でリン・フンはユンの様々な面を見る。子供たちや年下の者に向ける優しい眼差しや、ソン・ランを弾くユンの確かな腕前や。そして彼は、取り立て業をやめて自分の劇団に来ないかとユンを誘う。

公演3日目。戻ったリン・フンの表情が違っていることを、彼の相方でミー・チャウ王女を演じる女優は見抜く。リン・フンは恋をしているのだった。そしてその夜の演技は圧巻だった。恋人を待つ思い、そして引き裂かれた悲しみを全身全霊で演じるリン・フンに師匠さえもが舞台袖で泣きながら見つめている。しかし、その悲恋の物語と呼応するようにユンは・・・・。

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という物語で、ある意味この物語はBL設定てんこもり!

そして2人の3日間の話である。これが恋の話かどうか、そこは描かれていない。孤独な男たちの友情、かもしれない。一体恋なのかどうかの違いは何か。そこに欲情があるのかといえば、それは描いてはいない。ただ、ユンはリン・フンに魅了され、リン・フンはユンにシンパシーを感じた。ただ、リン・フンの師匠が言った「恋をしなさい」の言葉。恋が彼を変えると言ったそれを思うと、これはやはり恋の物語なのだと思う。しかもそれは、まるで当時のベトナムの人たちが愛し、涙したカイルオンのような、どうにもならない運命の中に翻弄される悲恋の物語。


ベトナム映画『ソン・ランの響き』予告編