おでかけの日は晴れ

お休みの日は映画を観におでかけ。時折、旅行。

男たちの3日間の恋の物語 『ダンサー そして私たちは踊った』と『ソン・ランの響き』

いろんな理由で1日2本、映画を見に行く。

休日にせっかく出かけるのだし、1本だけ観るのではなんだか勿体ないとか。

観たい映画は何本もあるので、1日に2本は観ないと追いつかないとか。

それから、2本観ることでちょっと面白い相乗効果が生まれる、とか。

今日のもそんな感じ。

ジョージアを舞台にした『ダンサー そして私たちは踊った』を観て、ベトナムを舞台にした『ソン・ランの響き』を観た。

どちらの映画もその国の伝統芸能が深く関わっている。その国の音楽も深く関わっている。そしてどちらの映画も逃れられない貧しさがあり、でもその町や住む家の風景や色合いが観ている私を強い力で誘う。ああ、あんな窓辺。あんな階段。あんな植物。様々な風景がここに来てみないかと呼ぶようだ。

2本の映画が今、私の中でうねっている。

 ※ ※ ※ ※ ※ ※

『ダンサー そして私たちは踊った』

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ジョージア国立舞踏団に所属するメラブ。

ジョージアの伝統的な舞踏は、女性には処女性を求め、男性は釘のようにまっすぐで強く、揺らぎがないことを望まれる。「ジョージアの舞踏にセックスは必要ない」と言い切る厳しい指導者のアレコ。メラブは舞踏団の中で幼馴染のマリと共に踊りの重要なパートの指導を受けている。さらに夜はレストランでのアルバイトで家計を支えている。メラブの家庭は、いやジョージアの多くの家庭は貧困にあえいでいる。

そんな中、イラクリという青年が舞踏団に現れる。彼の踊りの技術はすぐにアレコの目に留まる。

ちょうどその頃、メイン団の男性ダンサーに1人、欠員が出た。メイン団に入ることが出来れば給料も上がる。その欠員候補者として数人、その中にメラブとイラクリも選ばれる。ライバルではあるが、早朝のまだ誰もいないレッスン場でレッスンする中、メラブはイラクリに恋をしていく・・・。

・ ・ ・

この映画はジョージアの伝統的な舞踏の音楽で始まる。

速いテンポで演奏されるパーカッションの音に気持ちが高鳴る。そして動くときに上下の揺れを感じさせずに滑るように移動する女性の踊りと、対照的に強く激しく動く男性の踊り。ジョージアの踊りは私にとって見たことのない舞踏だった。

舞踏のパートナーでもあるマリとは付き合っているのだが、それはこどもの頃からの延長のような付き合いだった。しかしイラクリのダンスを見て、メラブは初めての恋をするのだ。ダンスと生活に追われてどこかイライラしていたメラブの表情が花が咲くように明るくなっていき、ひとりでに笑みさえこぼれてしまう。目で常にイラクリを追ってしまう。メイン団にでた欠員は、あるメンバーがゲイだとわかり、他の団員から暴行を受けた上に修道院に送られてしまったせいだと噂が飛び交っている。それを知っても、メラブの気持ちは抑えられない。

そして、マリの誕生日パーティに数人の舞踏団のメンバーたちと共に招待された2日間。

1日目の夜、眠れなくて外でタバコを吸っていて、寝室に戻るとイラクリの姿がない。探すと誰もいない雑木林の中、ひとりタバコを吸っているイラクリ。その隣に座り、メラブとイラクリは言葉はなくとも目と目で、お互いの体と体で惹かれあい、お互いの体に触れ、お互いの欲情を知る。

2日目の夜はふたりで昨晩の場所に行き、キスをし、セックスをする。

3日目、彼は幸せに満ちたまま帰宅し、そして翌日にレッスンに行くと、そこにイラクリの姿がない。

恋をしたメラブは幸せそうで、そしてそれが成就したかに思えたこの3日間が何よりの幸せだったはずだ。しかし、理由もわからないまま、イラクリに連絡が取れなくなり、メラブは激しく動揺し、それと同時に彼は何もかもをなくしていくのだ。

恋が、彼にいろんなものを失わせた。

いや、そうではなく、恋によって彼はいろんなことを知るのだ。彼の住む世界の貧しさだとか、男が男らしくあらねばという世界の仕組みを。そしてその世界の中に幸福な未来を感じることができないということを。

最後、彼は踊る。それは彼が目指したオーディションだった。しかし彼はジョージアの伝統舞踏が求める踊りではなく、彼自身の踊りを踊った。

痛みと、美しさと。

踊って、そして去っていく。

恋をして、その恋は幸せな結末を迎えることはできなかった。でも彼は変わることを選んだ。自分がこれまでここにしか道はないと思ってきたものから外れて、別の地平に向かって。

悲しいけれど、そこには未来があった。


『ダンサー そして私たちは踊った』

 

※ ※ ※ ※ ※

『ソン・ランの響き』

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ユンは貸金業を営む女の下で借金の取立てを生業としている。取り立てのためには暴力も厭わない。ユンは、カイルオン(ベトナムの大衆歌舞劇)の劇場に取り立てに行く。公演を前日に控えた劇団だが興行主は借金の返済が滞っている。ユンは舞台衣装にガソリンをかけ、払えないのなら今すぐ燃やすと脅しをかけるが、それを止めたのが花形役者のリン・フン。自分の時計や貴金属を代わりに差し出そうとするが、ユンはそれを受け取らず、その日は帰る。

公演初日。ユンはその舞台を見に行く。「ミー・チャウとチョン・トゥイー」という演目は、敵国同士の王子と王女の悲恋の物語だ。観客は彼らの演技に酔いしれ、泣いている。ただ、リン・フンの師匠は、彼の演技を完璧であるが、役者として恋をして、人生の経験を積み、役をもっと深めよとアドバイスをする。

舞台の後、公演の収入から借金の返済金を受け取るユン。

公演の2日目。開演前、リン・フンは食堂で僅かばかりのビールと共に食事をしていると地元のヤクザに絡まれた挙句、ビールを頭からかけられる。それに対してヤクザに殴り掛かるリン・フン。店の中で乱闘になるが、ちょうどその少し離れた席で食事をとっていたユンが加勢し、ヤクザを追い払うが、リン・フンは昏倒し、ユンは彼を自分の住む部屋に連れてきて寝かせる。2日目の公演に穴をあけてしまったリン・フン。しかも乱闘時に(多分、宿舎の)鍵をなくし、帰ることさえできない。そのまま、ユンの部屋で一夜を過ごす。それは長い夜となった。いつしかふたり、ファミコンに興じ、幼いころに共通の本を読んでいたことを知る。そこに突然の停電。ふたりは外に麺を食べに行き、そしてお互いの子供時代や過去について語り合っていく。その一晩でリン・フンはユンの様々な面を見る。子供たちや年下の者に向ける優しい眼差しや、ソン・ランを弾くユンの確かな腕前や。そして彼は、取り立て業をやめて自分の劇団に来ないかとユンを誘う。

公演3日目。戻ったリン・フンの表情が違っていることを、彼の相方でミー・チャウ王女を演じる女優は見抜く。リン・フンは恋をしているのだった。そしてその夜の演技は圧巻だった。恋人を待つ思い、そして引き裂かれた悲しみを全身全霊で演じるリン・フンに師匠さえもが舞台袖で泣きながら見つめている。しかし、その悲恋の物語と呼応するようにユンは・・・・。

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という物語で、ある意味この物語はBL設定てんこもり!

そして2人の3日間の話である。これが恋の話かどうか、そこは描かれていない。孤独な男たちの友情、かもしれない。一体恋なのかどうかの違いは何か。そこに欲情があるのかといえば、それは描いてはいない。ただ、ユンはリン・フンに魅了され、リン・フンはユンにシンパシーを感じた。ただ、リン・フンの師匠が言った「恋をしなさい」の言葉。恋が彼を変えると言ったそれを思うと、これはやはり恋の物語なのだと思う。しかもそれは、まるで当時のベトナムの人たちが愛し、涙したカイルオンのような、どうにもならない運命の中に翻弄される悲恋の物語。


ベトナム映画『ソン・ランの響き』予告編

『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』

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カナダのグザヴィエ・ドラン監督。

若い監督、とつい言ってしまうけれど、2009年『マイ・マザー』で鮮烈にデビューを飾ったとき彼は確かに19歳だけど、現在はもう30歳なのか。

とはいえこの映画は2018年製作だから28歳。

しかしこの作品の子役、ジェイコブ・トレンブレイの演技が素晴らしく、結局人は、若いとか子供とかそういうことではないのだ。子供は子供の時、世界の中の大切なことを既に知っているし、20代にはそれ以降の人生のすべてがそこに既にある。作り手である彼らからも、そして映画の内容からも、そんなことを改めて思う。

 

(この先、映画の内容に触れています)

2008年、イギリス。ルパートは母親に詰め寄る。僕宛てに手紙は届いていなかったかと。

「届いていない。いや、届いたけどそれは誤配であなた宛てではなかったからホテルのフロントに戻した」明らかに嘘をついているような母親の返事。

ルパートは、その手紙は、ドノヴァンから届いたものじゃないのか?僕はやっと彼に会えるかもしれないのにと言い募るその時、テレビのニュースでアメリカの俳優、ジョン・F・ドノヴァンが29歳で亡くなったというニュースが流れる。

2018年プラハ。21歳になったルパートはオードリー・ニューハウスという女性ライターの取材を受ける。しかしコンゴ出身で社会派ライターのオードリーは、ルパートへの取材にあまり興味がないようだ。ルパートは子供時代の5年間、ドノヴァンと100通に及ぶ文通をしていた。彼と直接会ったことはない。そのことに関してルパートは手記を発表した。しかしオードリーは取材にあたってその本を読んではおらず、ルパートのことも誇大妄想狂による暴露ネタぐらいにしか思っていないように見える。そのオードリーにルパートが過去について語る。それはルパート自身のこと、そしてドノヴァンからの手紙で彼が知りえたドノヴァンの苦悩。

映画の導入はこんな感じだ。

・ ・ ・

最初、オードリーの取材態度は熱心とはいいがたい。なぜ私がこんな話を取材しないと・・・という顔をし、飛行機で次の取材場所に行かねばならないため、さっさと切り上げたいようだ。それに対してルパートがこのようなことを言う。あなたはコンゴの出身。政治や環境、そして人種差別。世界で起きている様々なニュースだけが大事で、ドノヴァンと自分が置かれている問題はそれほど矮小なものか、というようなことを。例えば彼らがゲイであること。恋人が出来ようともそれを隠して生きていること。隠しているがそれでも周囲がそれを暴き彼らを晒し物にしようとすること。家族との間に軋轢が生じていること。それらの無理解や差別は、世の中において、いやあなたにとってそれほど矮小なことと思えるのか、と。

私はドラン監督の作品はほぼ観ているのだが、この作品はこれまでの作品の中でもっともメッセージを強く打ち出してる映画だと思った。

この取材中におけるルパートとオードリーの会話がそうだ。

世界で起きている様々な問題の大小ってなんだろう。結局はミクロな、小さなひとりとひとりの話であり、どの問題もその小さな人と人との集合体が膨れ上がって対立する、すべてはただそれだけのことの筈だ。

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幼いルパートは学校でも家でも孤独。ただ、テレビドラマの中のドノヴァンに熱狂した。そして彼に手紙を書いた。それに対してドノヴァンは返事をくれ、そこからふたりの文通が5年間続いたのだとルパートは言う。当時、ルパートはそのことを母親にも、勿論学校のクラスメイトにも先生にも言わなかった。誰もが信じない、とは思っていなかった。そうではなく、お互いの孤独な魂はふたりだけで共有できるもので、それを壊すことなく大切にしたかった、という想いだったのだ。ルパートは幼かったし、そのことをドノヴァンも知っていたはずだが、確かにルパートだけが彼の苦悩を理解したのだ。

そんなことがあるだろうか。映画の登場人物たちは誰もが思う。ルパートは嘘をついている。またはドノヴァンは小児性愛者か。そうやって離れた場所にいる彼らをそれぞれに追い詰めていく。

しかし。胸に手を当ててゆっくり、深く、自分の子供時代に潜ってみてほしい。私たちが子供だった時、それは本当に経験がないゆえに何も知らない、無邪気で未熟な存在だったか。例えば11歳とか12歳の頃。そう、本当にグザヴィエ・ドランはそのことをよく知っている。この年頃の私たちって、ある種の明晰さを持っていた。家族の中におけるバランス、またはアンバランス、大人が子供に隠している何か、学校の中の人間関係におけるいろんなことを、ちゃんと心の中で明晰に理解している。そして孤独について正しく理解していた。私たちは皆、そんな時間を持っていた、と思っている。

ドランの作品にはその思いがいろんな形で表れているけれど、この映画ではその点もとてもストレートに描かれていたと思う。

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グザヴィエ・ドランの映画を特徴づけるいろいろなものにもいつも心惹かれる。

例えばドノヴァンの幼馴染であり同じく俳優、そして公的には彼女ということになっているエイミー。この女性がメイクや顔の骨格なんかが、ドラァグ・クィーンのようで。こういった雰囲気の女性を登場させるのがとてもドラン監督っぽい。それから愛と無理解と孤独を煮しめて、それが涙やら汗となってアイラインを滲ませるような母親という名の厄介な関係の女、そういう人が登場するのもこの監督らしい。

それから、ドラン監督の脳内世界にはいつも音楽がかき鳴らされているのではないか。まるで優れたPVのように。とても劇的に。彼の映画における音楽の使い方はそれを思わせる。ドノヴァン、という男が現れる時、そこに音が生まれて世界を形作っていくようだった。そういうところもいつも好き。

 

『影裏』綾野剛の儚さに悶絶するか。それとも・・・?

キャスト

今野秋一  綾野剛

日浅典博  松田龍平

西山    筒井真理子

副島和哉  中村倫也

スタッフ

監督   大友啓史

撮影   芹澤明子

音楽   大友良英

 

何の予備知識もなく観に行った。暗い会社の中、暗い表情の綾野剛演じる今野。運んでいる段ボールには中に入ったものを記した救援物資で、そこが震災後の東北だと徐々にわかる。会社を出た今野を駐車してる車の中で待ち伏せし、そして彼を捕まえる女、筒井真理子演じる西山。「今野さんはさあ。最近カチョウと会ったりしてた?」こんな風に始まる映画を。

 

そこから話は過去に戻る。淡い朝の光の中、うつぶせになって眠っている人の足、ふくらはぎ、太もも。フィットする素材の下着から少し太ももの肉の柔らかいところがはみ出ていて、そこから続く下着に包まれた丸い尻。・・・とカメラがゆっくり舐めていく。細くて、白くて、美しくて、でも女ではない男の下半身。寝ている男をこんな風に足先からゆっくりと撮る映像など初めて観たかも。

そのまま起きても上半身裸、つまりパンイチ、しかも先ほど書いたようにやけにフィットする素材の白か薄いグレーの下着。ああもう、いろいろがくっきり。カメラの位置はやけに下。私は男の下着姿に特に何も感じないと思っていたが、なんなんだこの映画の綾野剛の美しさは。ひとり目覚める朝のシーンは何度も登場し、そのたびに足先から映される。風呂に入る全裸の後ろ姿も出てくる。まるでその部屋にはもうひとり誰かがいて、それを覗いているような。綾野剛が、誘っているように思えてくる。その孤独と美しさで、この部屋に誰かが来ることを。

いや、彼は決してそんなことを望んでなどいない。人との接触を拒否しているようにも見える。それでもアパートの住人はクレーム付けにずかずか入ってきてくるし、そして日浅という男もいきなり彼の領域に侵入してくるのだ。

 

今野を演じる綾野剛がとても儚げで、日浅を見る目が、彼の行動や言葉にいちいち驚き、心が揺れ、そしてしっとり濡れていく。とにかくとにかく、これまで観た綾野剛の中でもっとも切なくて美しい。かつての恋人、副島(中村倫也)との短い逢瀬のシーンも!

しかし日浅演じる松田龍平は、ほんとうにとらえどころがなく、怖い。日常の中に猟奇的なセリフが混じっていってもそこに何かしらの説得力を感じる。そして私は映画を観ながら、この男はかつて誰かを殺したのだろうか。それともこれから誰かを殺すのだろうか。そんな思いにとらわれながらずっと見ていた。松田龍平が画面の中にいるとずっと不穏なのだ。幸せなシーンでも、そうでないところでも。

不穏と言えば筒井真理子。本来、この映画の中の西山という女は確かに日浅と絡んでいるわけだけど、筒井真理子が演じることで無駄に不穏さが立ち上がってきてた。指で自らの唇を触った瞬間のどこか下品でさもしい印象、回りくどいセリフと微妙な間。いったい何が起こるのか、何があったのだろうと不穏にさせる演出だったな。

日浅の父親のセリフも印象的だった。捜索願を出さない理由。この辺りのセリフ、すごく好きだった。

震災によって多くの命が行方不明となっている。救済と復興。そして行方不明者を探し出すということ。あの時、あの地に求められていることには果てがないと思われた。そこで、あんなやつのためにその労力を使ってもらいたくない、と父親が言い切るのだ。すごくそれが突き刺さった。命に大小はない。命に貴賤はない。それは真実だ。けれどあの非常事態のさ中、自分の愛情を裏切った人間に対してその真実は本当に揺らぐことはなく真実としてあり続けられるか否か。過酷な選択が日常と化していた東日本大震災の日々。リアリティを感じられたシーンだった。

この映画は、小説を原作としたものだが、その物語のすべてを語りつくしていないような気がしたし、部分部分は説明的なシーンを削り、観ている側の想像力で補填する部分も多いと思う。それは全然嫌いではないけれど、どこか脚本としてこなれていないような気もした。それでも私は十分、綾野剛の美しさや切なさ、儚さに悶絶し、もし昔みたいに入れ替え無しで一日中上映していたら私はすぐさま2回目を観ただろうし、ソフト化したら持っていたいと思うような作品だった。

 

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『his』選択することと曖昧にすること

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CAST

井川迅・・・宮沢氷魚

日比野渚・・・藤原季節

日比野玲奈・・・松本若菜

吉村美里・・・松本穂香

他、鈴木慶一、中村久美、根岸季衣堀部圭亮

 

ふたりの朝の目覚めから始まる、淡く美しいシーン。けれど、それがふたりの別れの日。

そういえば別れを告げるのって、激しい喧嘩をしたとか相手のことが嫌いになったとか嫌いどころか憎いとか、そういうときばかりじゃなかったな。関係がうまくいってるんじゃないかなってときに別れを告げられることってあったな。特に若いころは。

そうだ、私もそんなふうに急に別れを告げられたことが一回、告げたことが一回、あった。若いころって目の前に選択を迫られることがいくつもあったんだ。それを選択する場合は何かを捨てなくてはいけないようなことが。

渚は自分の人生をサーフィンで生きていくほうに選択して迅と別れた。

そして妻子を持つ夢を選択したが、迅を忘れることが出来ず、妻との生活を捨てることを選択した。

迅はゲイであることを隠して社会の中で生きていくことに疲れてサラリーマン生活を捨て、田舎でひっそり暮らす生き方を選択した。

ひとつを選んだらもうひとつを捨てる。

ところが、そうでないことを根岸季衣が演じる田舎の村のおばちゃんが言う。

「この年になったら男でも女でもどっちでもええ。迅。長生きしろよ」

これ、本当にそう。リアルな実感。50代になったころから。

私には異性愛者の友達と同性愛者の友達と別にどちらの性にも友情以上の感情が沸かないという友達がいる。そしてそのそれぞれでパートナーがいる人、いない人がいる。

パートナーと言ってもそれは一緒に住んでいる人もいればそうでない人もいる。恋人同士でもいいし友達同士でもいい。どういう関係だってどういう形だっていい。でもちゃんと、愛情とか友情とか尊敬を持って人と繋がっているってことが、とても大事なんだと思うんだ。ずっとずっとずっとこの先、私が人生を共にしていくのは、相手が異性だろうが同性だろうがどっちでもよくて、ただ大切だと思いあえる人といればそれでいいし、そして他人の様々な関係を否定したくない、と思っている。

そう、「この年になると」。

選択をしてなにかを捨てることよりも、ほんとどっちでもいいんですよ。特にこのおばちゃんにとっては他人事なんだから、こうでないといけないなんてことはなくって、そこらへんもう曖昧でもいいんですよ。そのひとたちが幸せであれば。

裁判所のシーンで渚の妻、玲奈がシングルマザーとしてやっていけるのかを問われるシーン。玲奈は仕事に責任と生きがいを感じている。職業人としての彼女と母としての彼女の両立の難しさ。それはゲイとして生きる迅や渚が抱える問題に似ている。

「子育ては女性がするべき」とか、または「ゲイであることを差別するな、子育ては彼らこそ」という選択でもなく、最後にはゆるやかな曖昧さを選んでいる。お互いに憎みあっている関係ではなく、それぞれに愛情と尊敬があるのだから、なんとかみんなで力を合わせていけないか、と。

私はこの映画はとても身近なテーマの作品だったなと思いました。

私も、あの田舎の公民館でみんなで集っている人たちの年齢に近づいてきている。年を取って、家族が解体されていったとき、どれほどの人と繋がって生きていけるだろうか。そんなことを思ったのです。

 

それにしても迅と渚のキスシーン、美しかった!

彼らがしっかりとお互い愛している、という姿を見せてくれたからこそ、その上にいろんなことを感じさせてくれる映画になったと思います。

 

 

 

 

『ラストレター』(ネタバレあります)

 

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STAFF

監督・原作・脚本・編集 岩井俊二

撮影監督 神戸千木

音楽 小林武史

CAST

岸辺野裕里・・・松たか子

遠野鮎美・10代の遠野未咲・・・広瀬すず

岸辺野颯香・10代の遠野裕里・・・森七奈

乙坂鏡史郎・・・福山雅治

10代の乙坂鏡史郎・・・神木隆之介

阿藤陽市・・・豊川悦司

サカエ・・・中山美穂

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ひとつの丸い玉葱が目の前にあったとして。

それを1枚、1枚、剥いていく。

そんな喩え方はおかしいだろうか。それなら、花でもいい。花びらの多い花。

もう少しほかに喩えるものを考えたいところだけれど、イメージとしてはいちまいいちまい、何かを剥いていくようにして物語がほどかれていく、そんな映画でした。

ごうごうという水音がして、そして最初に滝のシーン。

制服を着た女の子ふたりと、はしゃいでいる少年ひとり。女の子ふたりの制服が違うのが気になる。

そこに映っている子供たちの誰かが死ぬのかと思った。はしゃいでる男の子が足を滑らせて転落するのか、それとも滝の近くまで歩いて進む、寂しげな風情の女の子がこの場所に残されて死んでしまうのか。この冒頭には、どこかしら死の雰囲気があった。

するとスマホに着信があり、はしゃいでる少女の「はじまるみたい」というセリフ、そして彼らを待つ喪服を着た松たか子。彼らが走っていく先は、今からお坊さんの読経が始まらんとする古い家で行われている葬式の場。死は、あの川の向こうではなく、この家の中にあった。

故人を偲ぶ老人二人は故人の両親か。老人を演じているのは鈴木慶一と先日亡くなった木内みどり木内みどりの隣に滝で濡れた少年がストンと座るので、故人はこのはしゃいでる男子の母親かと思うのだけれど彼は軽く払われてふたつ席を空けたところに座る。木内みどりの隣に座るのは、寂しげに滝を見つめていた少女、広瀬すずだった。その隣に座る松たか子の雰囲気に神妙さはあってもそこにはまだ悲しみが見えない。葬式が終わって位牌を持つのが広瀬すずだったので、故人はは彼女の親なのかと思う。

それでもまだ人間関係がはっきりしない。葬式後に、やはり顔が似てるねと言って遺影が映ればその顔は広瀬すずのようで、亡くなったのは広瀬すず演じる少女の母親であるとわかる。泣くでもないけれど沈み込むような静かな佇まいの広瀬すずとは違い、彼女とは違う制服を着て子供らしく走ったり動いたりしている森七奈演じる少女は、松たか子の娘なのだと、ゆっくりわかっていく。

松たか子演じる裕里は、亡くなった姉、未咲の死を告げるために未咲の同窓会に出席する。しかし彼女は未咲と間違えられて訂正もできずその場にいるが、会場にいる乙坂鏡史郎に目が止まった途端、急いで退席しようとする。折しも会場では姉、未咲が高校の卒業式で読み上げた卒業の辞が。乙坂は退出した裕里を追いかけ、メルアドを交換し、そして未咲をずっと20年間好きだったとメールを送る。その後、裕里は自分の住所を書かずに一方的に乙坂に手紙を書く。しかし乙坂が未咲の実家に手紙を送り、それに未咲の娘、鮎美が返信する。乙坂の手紙から、高校時代の乙坂が未咲に手紙を送っていることがわかる。3つの地点から交錯していく手紙。そこから裕里の今と過去、乙坂の今と過去、そして未咲の過去がひとつひとつほどかれていく。

 

登場人物の名前がとても示唆に富んでいる。

乙坂鏡史郎。まるで推理作家のペンネームのようで、福山雅治演じる男の本名なのだ。彼は物語の中に置かれた鏡。これまで登場人物たちの中で見えていなかった、未咲を中心としたあちらとこちら側の世界を映し出すような。

裕里の今と過去。乙坂の今と過去。

姉妹である未咲と裕里。親子である裕里と颯香。

森七奈が演じ分ける10代の裕里と、裕里の娘である颯香。

広瀬すずが演じ分ける10代の未咲と、未咲の娘である鮎美。

賑やかでいきいきとしているかつての高校と、廃墟となった其処。

そして生と死。

手紙と言うものはあちらからこちらへ、こちらからあちらへと送られるものだが、そのやりとりの中で、あちらとこちらの像がひとつずつ結ばれていく。

他にも名前では、裕里の現在の苗字「岸辺野」は彼岸のこちら側を想起させるし、「未咲」という名前が未だ咲ききってないまま花を落としてしまった切なさを感じさせる。

 

そして俳優たちの素晴らしさよ。

すでに20代となっている広瀬すずが、鮎美という不安定で可憐な少女としてのからだを演じている。そして森七奈演じる颯香は鮎美よりはもっと幼く、そして瞳に恋を溢れさせた裕里を演じている。森七奈の動きやセリフのリアリティが素晴らしい。そしてふたりの少女がカメラの中でひらひらと舞っている。それは本当に不思議な映像で、少し薄暗い古い家の中で彼女たちは本当にひらひらと映像の中を横切るのだ。ただその美しさだけで私は少し涙ぐむ。

そして例えば物語の終わり、乙坂が未咲の遺影を前にしたシーンでは、鮎美は鮎美だけで映され、乙坂が話すシーンでは乙坂の横にぼんやりと颯香が映っている。それがまるで向かい合う未咲と乙坂、そして乙坂の斜め後ろに部活の後輩である裕里が少し距離を置いて存在してたかのように。

それから、乙坂が廃校となったかつての高校で出会った、ボルゾイを連れた鮎美と颯香のなんという美しいこと! 乙坂の前に過去と未来、未咲と裕里と高校時代が交錯するシーン。乙坂が息をのむのと同じタイミングで私も息をのんだ。もうほんとうに、どのカットもなにもかも最高だ。

そして松たか子演じる裕里が東京に戻る乙坂と握手をして、「やったー!私、初めて先輩と握手しちゃったー!うわあーー!」と言うセリフ。これを聞いて、この役が松たか子で本当に良かったと思った。ずっと恋していた先輩に会ってしまい、そしてその先輩はずっと姉である未咲のことを思っていたのだけれども、それを聞いてきっと少しは胸がチクリとしたかもしれないけれども、それよりただ握手しただけでも嬉しいというあっけらかんとした、まさにこどもの頃の恋の思い。それ以上でもそれ以下でもない、ひなたのような幸福感。これを演じられるのは松たか子しかいないかもなあ。

さらに、トヨエツとミポリン。まさに怪優による怪演だった、ふたりとも。

トヨエツはもう怖すぎた。すごい迫力で徹底的にクズな男を演じている。未咲の人生に最初からお前はいない。そうやって乙坂がずっと抱き続けていた思いを叩き潰す。そのトヨエツに寄り添う女をミポリンが、妊婦でありそしてはすっぱな風情をしているが、きれいな顔立ちが凄まじい。

 

『ラストレター』は本当に繊細で丁寧に作られた映画だ。

それぞれの人がその瞬間瞬間に胸に抱く、胸に抱き続ける、恋という想いを描くため、この映画は繊細に紡がれている。

そしてそれがひとつひとつほどかれていく速度は最初から最後まで澱むことなく、最後の最後まで静かな驚きとともに目の前に開かれていった。

そう、最後の、鮎美が開くことのできなかった未咲の残した手紙、あれがまさか、「それ」だったとは!!その瞬間、「うわ!もう!そう来たか!!」という想い。

 

夢を叶える人もいるでしょう

叶えきれない人もいるでしょう

  

最初はあの卒業の辞にこの言葉を置くなんてすごいなあというか、あまりに大人だなあというか、そう思ったのだけれど、最後の最後でまたこの言葉が効いてくる。10代の、不安を抱えながらもきっと望みをいっぱい持っていた未咲のその後は、夢を叶えきれない人、の側にあるのか。死を前にしてその文字を見た彼女の絶望と、それでも未来を夢見た日々のあったことを娘に残さずにはいられなかった想い。こんなシーンは絶対に泣くに決まってるので、絶対に泣くまいなんてことを偏屈な頭で思っていたのだけれども、もう決壊ですよ。

この映画は川から滝へと向かう映像に始まり、最後、カメラはその滝からまた引いて戻っていく。それがまた静かに胸を打つ。
魂が還っていくのだな、とふと思う。未咲の。そして乙坂も鮎美も裕里も、優しい未来に向かっていくのだなと思わせる。

驚きはそれだけでなく、エンドロールの「カエルノウタ」。素晴らしい表現力で歌うのは森七奈。松たか子に少し似た声。そして作曲は小林武史

米津玄師やKing Gnuらがここ数年の日本のポップスのメロディとリズムを新しく変化させている。比べて小林武史といえば初期のミスチルとかMY LITTLE LOVERなど90年代を牽引していたメロディメイカーだ。その小林武史が今もなお、こんなにすごいメロディの曲を作ってて、さすがというか、聴いたらもう号泣しかなかった。
 
 
『ラストレター』、こんなふうに最後まで驚きと感動を見せてくれる映画だった。
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追記
二回目を観てきました。
実は一回目を観終わったとき、一緒に観た友達とカメラの良さについて少し語りあいました。私は映像をひらひら横切る少女たちのシーンを見て、この作品の中で美しく生きる10代(という設定)の少女二人についての映像を思った。友達は「あのカメラはおかあさん目線ではないか」と言い、私は「そんなことは思わなかったな」と答え、それに関しては家や道や川を真上から撮ったドローン撮影のシーンのことかな、とその時は思った。
しかし二回目を見ている最中、乙坂が手紙の住所をもとに裕里を訪ね、ふたりバス停の前で話しているシーンのときにはっと気が付いた。映像が、不思議な揺れを見せていることに。話している乙坂と裕里。カメラの視点はほぼ同じ場所にあるにもかかわらず、固定カメラではなくて微妙に左右に揺れている。まるで誰かのまなざしのように。誰のか。それは遠くからここを見ている、亡くなった未咲ではないのか?それに気づくと、どのシーンもみな、本当に微妙に揺れていることがわかる。未咲は亡くなったあとでこうしてすべての場所にいるすべての人々を眺めていたのだ、きっと。この映画の中に高校を卒業した後の未咲をあえて描かなかったのだなと思っていたけれども、それは少し違ってて、この映画自体は、未咲が見ているものだったのではないか。未咲は視線だけをこの作品の中に濃厚に残していたのだ。残してきた鮎美と乙坂を、あの「卒業のことば」に導くために。
 

 

『パラサイト 半地下の家族』

 

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ポン・ジュノ監督の作品。

殺人の追憶』『母なる証明』『グエムル 漢江の怪物』『スノーピアサー』など観終わったあとに奇妙に後を引く苦さを噛みしめつつも、「ポン・ジュノ監督、めっちゃ最高ーーッ!!」という気持ちがまず最初、胸にガーーッとやってくる。

『パラサイト 半地下の家族』もまさにそうだった。前評判も、そして観てきた人たちの感想もみな上々だったけれど、本当にそれを裏切らない。観終わってゆっくり映画を振り返れば、良かったことばかりがひとつひとつ胸に去来していく。

まずは映画の中の様々な構図が素晴らしいと思った。庭から撮るパク一家の大邸宅の窓の大きなリビング、芝生の広い庭、地下への扉を隠した美しい飾り棚などなど、大邸宅を映す構図は横の広がりを感じさせる。

しかし、貧しいキム一家が住む半地下の家に関する映像は、まるでスクリーンの横幅までが狭くなったかのように感じる。それはスクリーンのこちら側から向こう側へと映された狭い廊下、奥の何故か高いところにしつらえた便器、大水のときの石段の上から下へと流れる雨水など、構図が上下、縦のラインを意識した映像だったからではないか。

話のテンポは良く、そして意外なところに展開していくのでストーリーとして中だるみなくまったく飽きさせないところがとてもいい。

格差社会が描かれている。どの国もそうだが、ずっと古い時代には貧しいものには教育や情報が施されてはいなかった。しかし現在は、スマホさえ手にしていれば貧しくても情報を得、そして知識も得ることができる、という設定は面白い。富むものと貧しいものが唯一、共通として持っているアイテムがスマホなのである。キム家の子供たちが野良Wi-Fiを拾ってそこから得た知識を使う部分などに、今を感じさせる。

それから考えてみるとこの作品の中に「悪いひと」がいない、という設定も新鮮だった。大抵の話では、キム・ギテクの妻、チュンスクが強欲な女だったり非道だったりする。またはパク・ドンイクが情け知らずで拝金主義、または家庭を顧みない男だったりし、妻ヨンギョがわがまま、育児放棄、冷酷、などと相場が決まっていたりする。しかしこの映画の彼らはそうではなかった。富める人々、ドンイクもヨンギョも使用人を蔑むことなく、生活を支えるパートナーとして考えている。彼らはすべて、多少ダメなところがあったとしても、憎まれるべき存在でなく、おはなしとしての「悪いひと」でもない。そしパク家の人々が金持ちであること、キム家の人々が徹底して貧乏であること、その理由は彼らの才覚や努力や性格が影響しているかもしれないが、しかしそこには彼らそれぞれの動かしがたい運もあったように受け取れる。

キム家の人々はすぐに気付く。彼らの計画がこんなに早く進むのは、お金持ちのパク家の人々が、豊かであるが故の人の好さを持っているということを。それなら貧しいものは卑しく、猜疑心だらけで、狡猾で、非道なのか、といえば、キム家の人々もそのようには描かれてはいない。生活のために大胆な計画を遂行し後半に思いもよらぬ展開になっても彼らは小心であるし、決して自分のために誰かの存在を抹消しようとは思ってはいない、基本的にはどこにでもいそうな小市民だ。

そう思い、また私はこの映画の最初から最後までを脳内で素早く再生しながら思い出していた。駆け抜けるように進んでいくこの映画の様々な部分が面白い。そして最後にギウが夢想するシーンがとても儚く美しい。ギウは夢見る世界に辿り着けるのだろうか。この半地下の家から抜け出せるのだろうか。そんなことを思う。

そして私が最後に感じたこと。それは、このどうしようもない格差のある世界、自然災害に襲われてあっという間に大切なものを失ってしまう世界、いつでも政治的に不安定であることを抱え持つこの世界という物語を、私はまたエンターテイメントとして消費しているのか。何かヒヤリとした気持ちにさせられた。

 

「星空下的傾情」第二夜

以下の文章は、私が1998年に作った個人サイト「快楽有限公司」の中でアップしていたもので、CSで放映された、トーク番組「星空下的傾情」についていた日本語訳を拾って文字起こししたものの第2夜の分と、その感想です。

第一夜はこちらです。

mioririko.hatenadiary.jp

 

星空下的傾情
(第2夜)

 


梁家輝 今日はスゴイですよ。
張國榮 林建明の私生活。
梁家輝 さっき本番前までは僕たちの恋愛について話しました。
張國榮 僕たちは話したので、次は林建明。
梁家輝 あまり聞いたことがないから。
林建明 気にしてないでしょ?
梁家輝 でも幸せそうだから。

建明は自分の結婚観を語る。仕事と恋愛が両立出来ず、結婚にも失望していたこと。しかし、ようやく自分の仕事も認めてくれる男性に出会ったことなどを話す。それを受けてカーフェイが、「僕は結婚と恋愛はいつもセットにして考えていた」と話し出す。レスリーが途中で「僕も15で結婚を考えた」と口を挟み、「僕はそんなに早くないよ」とカーフェイが答える。
マギーは、結婚を考えてはいても、性格や生活が合う人が見つからないと語る。「どうしても我慢できなくなっちゃって」の言葉に、レスリーは大きく頷く。


張國榮 合う人を探すのは大変。生活を共にしなくちゃならない。受け入れられる相手でないと。僕は恋愛に真剣だけど、誰でも起きた時、口が臭いし、オナラだってするだろ?
林建明 アハハハ。そうね。
張國榮 我慢しろよ。一緒に寝てて、自分がオナラしたらどうする?
林建明 愛は互いを受け入れること。
張國榮 でも我慢出来なくなる時もある。
林建明 歯を磨けって言えば?
張國榮 言うと摩擦が起きるだろ?
張曼玉 じゃあ、あなたの口臭を楽しむ。
張國榮 違う。同居のコツを覚えるには時間がかかる。
梁家輝 我慢じゃなくって全てを受け入れる。誰にでもあること。女性は月に一度、何かが来る。「え? 来たの? じゃあ、ダメか」 機嫌も悪いし、腹痛もある。何故僕が機嫌を取らなきゃいけない? でもそれを理解してあげなきゃ。我慢じゃない。自然な事として受け入れなきゃ。
張國榮 僕は毎日一度は電話させられた。
梁家輝 電話で互いが安心する。繋がれていると思うんだよ。
張國榮 居場所は? 何の仕事? 今何してる?ってね。
梁家輝 それで喜んだり安心したりする。
張國榮 帰ったら今日したことを話す。それはいいことだ。
張曼玉 もし片方が電話は不要、いや、一日に3回、いや、一度で十分とかすれ違いが起こる。だから合う人を探す。毎分居場所を知りたがる人は私はダメ。逆に関心ゼロの人もダメ。だから合う人が見つかれば幸せ。
張國榮 ますます彼女がわかった。彼女には愛してくれる人が必要。
梁家輝 女性だもの。
張國榮 愛して欲しいけど、自分の主張もある。自由でいたいんだ。私に指図しないで。市場も行く、夫の世話もするけど、どこの市場で何を買えって指図されるのはダメ。
張曼玉 (ニコニコしながら)急に理解したわね。
張國榮 愛してるけど制限されたくない。彼女は愛されやすい女性。機会があればアタックしたい。僕なら上手に愛せる。前にも言ったよ、君に惚れるかもって。結婚は彼女としたい。
レスリーは臆面もなくこう言ってるが、マギーに対して言ってる筈なのに、ずっとそれを建明に向かって喋っているのだ。時折マギーのことを指差しているけど。いつも人の目を見て喋るレスリーだけど、この時ばかりは、その距離の取り方がなんか可笑しい。そしてマギーはそれを終始笑いながら聞いている
張曼玉 上手に愛せるのと、惚れるのは別の事よ。愛し方を知ってて喜ばそうとしても、それは本心じゃない。
張國榮 勿論、本心だよ。今のはプロポーズじゃないけど…、
梁家輝 不自然な手は失敗するぞ。
林建明 (カーフェイとマギーに)2人は以前、付き合ってたとか。
梁家輝 そう。
張曼玉 でも恋愛じゃない。
梁家輝 どっちかといえば不倫。
張曼玉 そう、不倫。
林建明 きゃはははは!

ここらへんのカーフェイとマギーは、文章には出来ないけど殆どお互いが同時に喋ってて、言葉が重なっている。「僕が言うよ」「いいえ私が」ってな感じがする。

張曼玉 あれは――、
梁家輝 美談じゃない。友達に申し訳ない。
張曼玉 私に・・・?
梁家輝 そう、あの時は――、
張曼玉 食堂で奥さんと3人でランチした。
梁家輝 新聞に(カーフェイとマギーの噂が)載って、お互いの為によくないから――、
張國榮 一旦別れる?
梁家輝 違う。一緒に映画見たりしてると、
張曼玉 私に恋人出来ないからって。
梁家輝 僕は既婚者だし、妻が理解してれば他はどうでもいいけど、彼女への影響が心配で、人に僕たちの関係を話すなと言った。
張國榮 バカだな、お前。
梁家輝 確かに。彼女にも説教された。
張國榮 その場にいたら僕もするよ。
梁家輝 彼女の涙に教えられた。
張國榮 そう、最低だよ。

マギーは一瞬手で顔を少し隠して、照れくさそうに笑う。

林建明 (やけに楽しそうに)教えて!
張曼玉 やだ。泣くよ。
林建明 どんな風に? ただ泣いたの?
梁家輝 そう。
張國榮 僕がいたら許さなかったよ。
梁家輝 僕は友達に迷惑かけたくない。親友なら特に。そうでしょ?(マギーはちょっと肩をすくめて笑う)まだ独身で恋人もいないのに。(マギーはペロっと舌を出してみせる)僕たち夫婦と彼女の関係を書かれて、周りは彼女をどう見る? それで僕なりに考えた。
は 彼女のことは考えた?
梁家輝 僕が悪い。彼女の気持ちを考えなかった。
張曼玉 ショックで泣いた。友情ってこれだけ?って。 私達の友情はもっと深いと思ってたから。私のためなのはわかるけど、なぜ友達でいられないの? ショックで泣いて・・・、何言ったか忘れたけど・・・、ダメって言った。(笑)

マギーと建明は明るく笑ってるけど、カーフェイだけは困ったような顔をして少し俯き加減で笑ってる。レスリーはやけに神妙な顔をしたままだ。

張曼玉 私は会いに行くって。結局彼は謝った。
林建明 奥さんは理解してくれた?
張曼玉 私と奥さんの方が親友よ。
梁家輝 妻は僕たちの関係を知っているし、どういう付き合いか知ってる。僕たちが手を繋いでる写真とか、一方的な報道で誤解はしない。
林建明 可愛い奥さんよね。
張曼玉 本当に。(と何故か微妙な顔で笑って頷く)
梁家輝 僕、見る目あるし。
張曼玉 確かにあの奥さんだから私達も友達でいられる。彼女じゃなきゃ、こうはいかない。
梁家輝 そういう人がいないとつらい。ここまで来たから言うけど(と、カメラ目線で笑い)芸能人、俳優、歌手、表現者、アーティストであっても生身の人間。感情もあれば家庭問題も、自分の思想もある。皆と同じなんだけど、僕たちは上手く問題を処理してると思われている。
と、ここでいきなりレスリーが立ち上がり、カーフェイの話を邪魔しないように、そっとカーフェイとマギーの前に膝まづいてカーフェイの空いたグラス中にワインを注ぐ。そして黙ってマギーにも勧めるが、マギーは首を振ってそれを断る。すると今度はレスリー、建明のグラスにワインを注いで、再びソファに戻る
金と名声で上手く処理してるとね。その上、幻想を描いて僕たちを美化する。それが皆の見方。

レスリーは最後に自分のグラスにワインを注ぎ、それを一気に飲み干している。

林建明 あなたも一人の人間だものね。
梁家輝 そんな風に見られるのはプレッシャー。
林建明 でもそれは仕方のないこと。芸能界にいる限り。それも受け入れなきゃ。
梁家輝 だから観衆は責めない。責める気はないけど。だってこの番組のおかげで寄付が出来る。
林建明 (笑って)そうねー!!
梁家輝 (笑いながら)好きなこと言ってお金を貰える。
張國榮 飲もう!乾杯!!(と、レスリーはすでにまた自分のグラスにワインを満たしてたよ。しかもなみなみと…! 4人で乾杯する。)
林建明 いい事言ってくれた!
張國榮 CM行って行って!

CMがあけ、建明のアップから。彼女はやけに元気良く

林建明 裏切られた経験は?

すると、あらら、なんと3人はすっかりゴキゲン!レスリーはまた席を移っていて、マギーとカーフェイの間にすっぽりとおさまって座っている。顔もほんのり赤い。マギーは腕組みをしている。レスリーの片手はそのマギーの膝の上。そしてもう一方の手はカーフェイに腕組みされている。カーフェイとレスリーは声を揃えて

張國榮梁家輝 (声を揃えて)何回もあるー!
林建明 私は友達にひどいことされて、その時、心痛とは何かわかった。胸がしめつけられた。
張曼玉 (身をのりだして)どういうこと? 教えて?

レスリーは何故だか軽く「ふふ」と笑う。カーフェイはさりげなく自分の背にあてていたクッションを取ると、それをレスリーの背中に差し入れてあげている。
建明は、自分の恋人が三つ又かけていて、その一人が自分の親友だったことを知ったショックを語る。そして「みんなは裏切られたことは?」と再び尋ねる。


張國榮 裏切られたよ、アルゼンチンに。

それを聞いたカーフェイは、レスリーの腕をポンポンと軽く指で叩きながら笑っている。

梁家輝 話してよ。(笑)
張國榮 先に言うけど、トニー・レオンはいい人。変わってるけど善人だ。現地で病気になって帰ってこれたのは彼のおかげ。
林建明 それで友情が深まった?
張國榮 そう思う。撮影中に下痢したんだ。
張曼玉 予防注射した?
張國榮 してない。そんなに不潔だとは思わなかった。インドやアフリカじゃないし。
梁家輝 南米だって危ないよ。
張國榮 着いた直後は暇で食事に出た。3日目に下痢。もともと胃腸が弱いから気にしてなかった。食べ物に慣れてないと思っただけ。その3日後、トニーも下痢して、彼が持ってた薬を飲んだら治った気がした。でも飲まないとまた下痢。その日、食事の約束してたけど、(ここでカーフェイがそっとレスリーの肩に手を置く)本当に辛くて、普段医者に行かない僕が医者へ行った。でも医者は適当でおなかを押しただけ。何の検査もなし。胃腸の調子が悪いだけ。お粥を食べろって。外国の人がお粥なんていうの、驚いたね。(笑) 薬が出たけど、飲み終えるとまた下痢。(眉をしかめて)変だと思った。
張曼玉 何回下痢した?
張國榮 その時で8回ぐらい。
林建明 力が出ないでしょ。
張國榮 下痢が始まって3週間、
張曼玉 毎日?
張國榮 毎日。薬をやめるとまた下痢。
張曼玉 気付くの遅いわよ。
張國榮 トニーに言った。「本当にヤバイ…。アメーバじゃないか」って。でもトニーは、「ここはブエノスアイレス、アメーバは川の近くだ」って言う。僕が正解。そこは川に近かった。(笑) 彼は香港に電話すると言った。友人が医者だから。「明日の朝にはわかるよ。大丈夫だから。おやすみ」ってね。朝6時、トニーが扉をドンドンと叩いて、本当に病気だって言う。インターネットで(医者に)連絡したんだ。彼は今や僕の医者でもあるけど、2分後に電話で折り返すと言った。2分後、彼は病気の特徴を聞いて、「アメーバ菌だ。すぐ薬を買え」っと言った。強い抗生物質で、食事も制限されて、10日間お粥と塩卵だけ。塩卵も本当は食べない方がいい。帰ってきた時はこんなだった。(と、頬をへこませてげっそりやつれた顔をしてみせる)
梁家輝 すごいよね。アルゼンチンに塩卵がある。
張國榮 (笑って)中華料理屋にあったよ。飽きるまで食った。先生に聞かなかったら知らなかった。
林建明 危なかったんでしょ? 同業の一人も同じ病気で亡くなった。

マギーはお菓子の入っている器を取り、それを膝の上に置いて食べながら、それを無言でレスリーにも勧める。レスリーもそれを食べながら喋っている。

張國榮 聞いた話だけど、手術したら死ぬらしい。菌が広がって。
林建明 そうらしいわね。
張國榮 急に脱水症状で倒れて、周りが知らないで手術したら、それでバイバイ。(と、手を振ってみせる。そして急に真顔で)だから王家衛とは合わない。毎回危険な目にあう。サソリもそう。「欲望の翼」でアンディ・ラウとフィリピンで20mの高さの駅の屋根を走った時、屋根が数箇所壊れてるって言う。走って逃げる場面でそんなこと言われたって。(と、マギーが爆笑する) 二度目がサソリ。三度目がアメーバ。次は死ぬかも。

カーフェイは手を伸ばしてレスリーの肩にまわし、あやすようにその肩をポンポンと叩く。

林建明 (やや神妙な顔で)生き返ったも同然ね。今回の経験で何か学んだ?
張國榮 命や友人の大切さを学んだ。
林建明 自分が生まれ変わった?
張國榮 そう思う。
林建明 偉仔(トニーの愛称)とはもっと仲良くなった?
張國榮 彼はいい人。でも入りこみがたい。なかなかピンと来ない。彼はロックが好きで、僕とカリーナが麻雀してる横で大音量で聴くの。(と困ったような顔をしてみせて、笑う) 彼はお茶が好きで、阿Bと仲がいい。茶道に凝っているけど、僕はティーバッグで十分。お茶に45分もかけるなんて。僕が麻雀の最中にお茶をいれてくれて、茶碗が熱い時と冷たい時と香りが違うって説明するけど、僕は鼻がつまってて感じない。彼の生活は優雅で面白いけど。(と、またポケットから点鼻薬を取り出し、鼻にシュッシュする)

林建明 今はお互いに理解してる?
張國榮 お互い帰ってくると電話する。
梁家輝 今回の病気でピンと来たんだ。本来は違うタイプなのに。
林建明 病気でつらい時、誰を思い出した?
張國榮 辛くなかったよ。落ち着いてたよ。
林建明 死ぬかと思った?
張國榮 うん。うん。財産の配分を考えた。母は高齢だし同居してない。家を一軒あげただけ。お金は全然ないから、電話して先に渡すべきか。親友たちのことも考えなきゃならない。治るかどうか、わからなかったし。

と、急に建明は立ち上がってマギーの腕をつかみ、「(3人で)くっついてないでこっちへおいで」と、自分の座ってたソファーに連れて行く。「2人でお喋りしよう」と。そしてマギーに、以前ケガをした時のことを聞く。頭を17針縫ったそうだ。「髪の毛太くなった?」と聞くレスリー。「やけに髪にこだわるのね」と建明に言われて、「自分が薄いから人のが気になるんだよ」と笑って答えてる。CM。

CMがあけると、再び席は、建明とレスリーが同じソファに、そしてマギーとカーフェイがもうひとつのソファにと戻っている。建明はマギーに、結婚は具体的にいつ頃したいのか尋ねる。

張曼玉 相手があってのこと。いつでもいい。決めても無駄。人には、真剣に付き合って毎回失敗するって言われるけど、私は2~3年かけなきゃ、自分に合うかどうかわからない。2ヶ月で結婚なんて早すぎる。人を理解するには2年は必要。合わないと思っても再度確かめる。別れにも時間は必要だし。
林建明 良い妻になり自信は?
張曼玉 多分大丈夫。
梁家輝 友達として言うと、彼女は準備出来てる。
張曼玉 素質ある?
梁家輝 あるある。でもそれを発揮する相手がいない。重要なのは相手を見つけること。僕も良い観衆がいて始めて最高の演技が出来る。
林建明 (カーフェイに)あなたは成人指定映画でお尻を出したけど―――、
張國榮 きれいだったよ。
林建明 あんなに美しいのは? 撮る時恥ずかしくない? どんな気持ちだった?
梁家輝 多分こう。僕は俳優としては全てを見せられる。ある部分を見せるか見せないか、じゃない。1つの役を演ずるなら、覚悟は常に出来てる。
林建明 写真集を考えたことは?
張國榮 男では僕が第一人者。
梁家輝 僕も持ってる。
張國榮 男の写真集は僕が最初。
林建明 裸のは?
張國榮 ない。それだけは苦手だな。―――体の正面は見られたくない。そこが自分のボーダーライン。正面は見せられない。後ろはいい。もう見せたし。
林建明 デビューの頃と人気が出た今の、成人指定映画に出る違いは?
張國榮 前は騙されて出た。今は自分の希望。あれ? 希望?
林建明 「違い」よ。
張國榮 違いは・・、今は自分の希望ってこと。ベルリン映画祭に出せる成人指定。20年経ってやっと安心して出れる。20年も昨日のことみたいだけど。
林建明 マギーは成人指定映画は?
張曼玉 出れます。
林建明 そう? どの程度まで?
張國榮 胸も出せる?
張曼玉 全然気にしてない。
張國榮 (笑いながら)一つ目は僕に見せて。一つ目は一緒に出よう。
張曼玉 一つじゃイヤ。両方見て。(笑)
張國榮 絶対一緒に出よう。カーフェイでもいい。ベテランだから成功するよ。
張曼玉 出るかどうかわからないけど、共演者や報酬は関係ないわ。
張國榮 心の準備はいい?
梁家輝 (軽くマギーの腕をつついて、何か諭すように)意見を聞いているだけだよ。
張國榮 準備は出来てる?
張曼玉 まだだけど、出るのは平気。今の所特に計画はないけど、何かの撮影で急に脱ぐかもしれない。ムードの問題ね。
林建明 正面の全裸でも大丈夫?
張曼玉 裸は女としてはなんでもなこと。
張國榮 これは映画を撮る上で重要なこと。(と、裸だけを撮っても面白くないことを立ち上がって説明してから)どう? 絶対面白くない。顔が見えなきゃ。気分と、監督からの説明が必要。何故脱ぐ必要があるのか納得しなきゃ。いきなり脱げって言われてもそれは僕の商売じゃない。僕の売り物は芸術。もし分けるなら安物と芸術は紙一重。だから僕は芸術なら出る。
梁家輝 いずれにしてもつらいよ。僕も脱いだ時は芸術だと思ったけれど(と、急に吹き出して)結局そこだけが話題になった。(笑)
張國榮 (真顔で)あの映画は芸術的だよ。
梁家輝 (まだ笑いながら)最初はそうは思わなかった。脱ぎたい訳じゃなく、脱ぐ動作が一つの表現だと思った。誰もパンツを穿いて風呂に入らないし。でも、結局、そこだけ強調されて傷付いた・・ ・・。皆、尻だけ褒めて表情は忘れてる。
張國榮 あっはははは。
梁家輝 (笑いながら)誰も表情は覚えていない。どうする? 何に救いを求める?
張國榮 (お尻を浮かせて撫でながら)自分で慰めるしかない。(と、言いながら今度はお菓子の器に手をのばし、それをほおばる)
林建明 (笑いながら)次はお尻に顔を描けば? みんなプロとして細かいことは気にしない訳ね? (レスリーは軽く頷く)
何か後悔したことは?
梁家輝 もう一度したくても出来ないことがある。一生かけても約束出来ないこと。どうしても出来ない役や、演技がある。自分に合わないとか依頼が来ないとか。
林建明 やりたくても依頼が来ない?
梁家輝 そう。
張國榮覇王別姫」の蝶衣?
梁家輝 ・・・・・・。僕があんな化粧をしたら、まるでロッキー。(レスリーはまるで勝ち誇った子供のように楽しそうに笑う)そこまでいかなくても、あれはあの映画の中の化粧。他には使えない。でも一生の中で後悔は必ずある。絶対ある筈。望んでも出来ないことが絶対ある。
張國榮 僕は何もない。ハリウッドに進出しなくて幸いだと思ってるし。
林建明 でも俳優の憧れじゃない?
張國榮 香港も俳優には素晴らしい場所。この3人も多少、いやかなりの名声を得てるし、アジアは巨大な市場なんだ。この上、中国市場が開放されれば米国からも撮影依頼が来る筈。こんな大市場があって、昔は手当たり次第撮ったけど、結局実力ある者だけが残ってる。監督でも俳優でも彼らは自分で力をつけた。良い映画を撮って、それが国際的レベルならなおよい。ハリウッドにも中国人は出る筈。国際的映画の出演依頼が来て、シュワルツネッガーとトム・ハンクスとの共演なんて絶対ありえない。やり方も違えばエージェントもいる。誰が誰を選ぶなんて、契約で決まってること。何故、そんな所へ行く必要がある? 香港では僕が№1。№2に誰がなりたい? 僕はいやだ。

と、ここでCM。
CMがあけると、4人は今までのソファから移り、今度は円いテーブルを囲んで椅子に座っている。


林建明 円卓に来たのは、目を見て本音を聞きたいから。(と言って、隣に座ってるレスリーとカーフェイの顔を交互に覗き込む) 皆、一つずつ互いに質問しあって。答えなくても結構。答えるなら絶対本音を言って。いい? 誰から?
梁家輝 僕。
林建明 どうぞ。・・・・・・。誰に聞くの?
梁家輝 あ、僕が聞くの?
張曼玉 (手を上げて)じゃあ私から。まずレスリー。皆にきれいと言われて―――女性なら美人よね。美貌を失うことは恐い?
張國榮 別に。誰でも年を取って衰えるけれど、大事なのは年相応の優雅さ。優雅だと思われるには、そこまでの過程と心の準備が必要。普段はあまり鏡も見ないし、コンサートではプロが僕にあった化粧をするけど、普段の外出に化粧なんかしない。
張曼玉 男でよかったわね。
張國榮 サングラスもしない。皆、「しないの?」って聞くけど。何故する必要がある? 年取って斑点が出来ても、それが僕なんだ。悪いか?
張曼玉 うーん、その通り。
梁家輝 (小さく拍手する)
張曼玉 きれいと言われるのは辛い。だんだん恐くなる。
張國榮 (小さく頷く)
張曼玉 (カーフェイに)カーフェイは所帯持ちよね。独身は自分のお金を自由に使える。でも家庭があると娘の進学だとかプレッシャーじゃない?
梁家輝 確かにあるけど、問題は僕が人生に何を求めるか。うーん、以前は自分のすることに満足していた。今も同じだけど。今は自分のことだけじゃなく、広く考えていきたい。両親、妻子、友達含めてね。上手く出来ればいいんだけど、そうなったら、最高に満足。いつかそうなりたい。

建明は何か言いたげにレスリーを見るが、レスリーは、手元にある小さな紙を、子供のように無心に折ったりちぎったりしながら、物思いに耽っている様子。でも、ふとカメラに気付き、急いでそれをやめる様子が可笑しい。

林建明 プレッシャーを乗り越えて成功したい?
梁家輝 プレッシャーは絶対にある。両親の言うとおり勉強してたら僕はここにいないけど。
張國榮 マギーに質問。映画の出演を引受けるまですごく考える?
張曼玉 撮影の3ヶ月間、楽しく出来るか考える。良い映画か、楽しく撮影出来る人達かも含めて。もう10年もやってきて、年も取ったし、毎日を楽しみたい。3ヶ月も後悔したくない。あわない人達との3ヶ月は悲劇よ。
林建明 真面目に聞きたいの。(マギーに)何故、そんなに演技が上手いの?
張曼玉 何故・・・・?!
張國榮 「黄色故事」からじゃない?
張曼玉 「旺角カルメン」から。「黄色故事」でははっきりわからなかったけど、努力して考えて演技した。「旺角カルメン」で演技は表情だけじゃないとわかった。考えていることが目に表れる。一つラッキーなのは、比較的敏感な性格だったこと。人を観察するのが好きで、それが積み重なって―――、
張國榮 (テーブルに少し身を乗り出して)「ラブソング」の詩の場面だけど―――、
張曼玉 あれはダメ。
張國榮 結果より先にあの涙。スゴかった。
張曼玉 うーん・・、その場面の感情を想像する。もしひどい脚本なら自分で悲しかったことを思い出す。だいたいそう。
張國榮 「ラブソング」は?
張曼玉 問題なし。殆どはその場面の感情。
張國榮 以上です。どうぞ。(と、カーフェイを見る。テーブルに肘をついて少し前のめりで話していたが、今度は腕組みをし、背もたれにぐっと凭れて、椅子を浮かせ、ユーラユラしながら話を聞く)
梁家輝 あははー。(レスリーに)一つだけ質問。自分の心とか経歴とか、何を使って自分を動かすの? 演技や歌、常に何かに取り組んでいる。僕は仕事に疲れたり面白くない時、もう辞めたいと思うけど、君は俳優として、歌手として自分をキープしてる。その原動力は何?
張國榮 長年の経験もあるし―――、物の見方が変わった。前は金の為だったけど、今は名声をキープするため。これは大切なことだし、自分のやりたいことをする方がいい。やる気が大切なんだ。だから舞台でハイヒールも履く。目立ちたがりと言われても、それじゃ自分は出来るか? (今までシリアスな顔で喋ってたが、急に不敵な顔でニヤリと笑い、一言一言、カメラに向かって)舞台で2時間半歌えるか? 蝶衣の役が出来るか? チンピラの役は? きれいに成人指定に出れるか? 本気で出来るか? 僕は騙されない。
梁家輝 OK。じゃあ、マギー。

と、カーフェイは隣に座るマギーの顔をみつめて、一瞬の間があく。急に2人とも照れくさそうに俯いて笑い出す。レスリーも「やれやれ・・」といった感じで同様に笑ってる。

梁家輝 ・・・・面倒な親友でゴメン。
張曼玉 何が面倒なの?
梁家輝 マジメな話・・・・、観衆からの質問。(建明はこらえきれずに爆笑する。)観衆が聞きそうな話。・・・・・・・・。結婚相手が出来たら発表する?
張曼玉 自分が聞きたいんでしょ?
梁家輝 いいよ。じゃあ僕の質問。
張曼玉 どうって・・。
梁家輝 何か言って。
張曼玉 その人は自由な考えの人だから・・、
梁家輝 発想が自由で、視野の広い人。
張國榮 そう。君を束縛し過ぎない。
張曼玉 そう。えー、他に、過程も大切。命についても自由な発想。
張國榮 難しいなあ・・。(笑)
張曼玉 お金やひとつのことにこだわらず、物事にとらわれない人。
梁家輝 (頷いている)
張國榮 自分より年上の人?
張曼玉 少しだけね。
張國榮 君の条件なら35歳以上の人だね。
林建明 彼女だって32だもの。
張國榮 その「自由な発想の人」はある程度、経験がある人でしょ?
林建明 顔は?
張曼玉 うーん、悪すぎない。
林建明 (カーフェイに)仕事休んでそれぐらい?
梁家輝 一年以上。
林建明 映画以外の収入は?
梁家輝 ない。
林建明 家の経済面はどうしてるの?
梁家輝 ある時もない時もそれなりに。
林建明 あははは。飢えに備えてた?
張國榮 彼は一時、むちゃくちゃ働いていたよ。そうじゃなくて・・、
梁家輝 (いきなりカメラ目線で)香港開港以来100年、餓死者が出ないのが香港人の精神。1997年のこの日を、皆何年も心配し、憂慮してここまで来ました。僕は香港で生まれ育ち、教育を受け、ここまで成長し、自分の力で家族の幸せを支えるだけです。もう一つ言えるのは、既に金を使い果たし、苦しんでる事。
張國榮 冗談だろ。僕も彼のことは少しは知ってる。僕たちは苦しまない。不動産があるから。
梁家輝 あっははははは。
張國榮 それがなけりゃ、・・・・、この3人も野垂れ死に。(笑) 95年96年と急に(地価が)値上がったし。だからみんな助かってる。おかげで仕事も選べるし。彼が一年休めるのも家があるから。事実だろ?
梁家輝 (カメラにむかって)テレビをご覧の皆様に一言、番組をご覧になって―――、
張曼玉 私達に話してよ。
梁家輝 ダメ。ほら、2カメが呼んでる。(4人は一斉にそのカメラを見て笑う)
皆、ほら、カメラを見て!

と、レスリーはいきなり立ち上がり、カーフェイの後ろへ行き、カーフェイの首を両手でつかんだかと思うと、「必殺!オヤジの武器、肩もみ攻撃」をする。カーフェイはそのレスリーの手を更に上から掴んでる

張國榮 力を抜いてカメラと話す気か?
梁家輝 今は、家族と友人がいて―――、

建明もカーフェイの後ろに行き、レスリーも、マギーを呼ぶ。座ってるカーフェイの後ろに、建明、レスリー、マギーと並んで立ち、みんなでカーフェイの肩や腕を揉んでいる。くすぐったそうなカーフェイ。

張國榮 まとめようとしてるぞ。
梁家輝 (みんなが) 僕を、支えてくれれば満足。この番組もギャラなし。でも・・、(笑)
張國榮 黙れ。さあ、立って。(と、カーフェイの後ろから彼を抱いて立ち上がらせ、後ろにひきずっていく)コイツ、3年でも喋るぞ。バイバーイ!
張曼玉 バイバーイ!

と、3人去っていく。建明もカメラを覗き込んで「また来週!」と言い、そちらの方に一緒に消えて、おしまい

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*オマケ・りりこの所感*

4人の楽しいお喋りは、少しは伝わったかしら?
レスリー、カーフェイ、マギー、3人ともスクリーンの中とはちょっぴり違った顔を見せてくれて、とっても楽しかったです。
そして三人三様の性格の違いがとても出ていて、すっごく面白い。

レスリーはとにかく何かひとつ顔を作って見せると、それを一人一人に「見て見てッ!」って感じで全員の方に顔を向けるのね。テレビなんだからカメラに向かってそれを見せればいいのにね。でも彼はカメラを殆ど見ずに、その場にいる人に向かって一生懸命喋ってる。そんな所がとても可笑しい。
そして、とってもスキンシップが好き。誰にでもとにかく触れながら、そして目を見ながら、時には子供のように喋っているの。

マギーは全くそういうことをしない。
すっごく飄々としながらも自分の感情に素直な感じ。それもまたかっこいい。
大きな身振りで喋ったり、またはスキンシップとかは好きじゃないみたい。レスリーが隣にいってくっついても、しばらくするとそっと離れて距離を置いてるの。

カーフェイはさあ、本当に周りを読もうとする人だね。
だから例えばね、スキンシップが好きなレスリーには、彼の話を聞きながら彼の肩に手をまわしたり、腕をかるーくポンポンと叩くのね。諭すように。
でも、それはレスリーにだけ。マギーにはしない。
相手を見て、相手にあわすタイプのように感じられました。

しかし蛇足ですが、最後の方のレスリー「大事なのは年相応の優雅さ」という言葉にはずっこけてしまったワタシ。いえいえ、勿論レスリーは優雅さを好む方だとは思ってましたよ、これを見るまでは。
いやー、だって収録中、ずっとお菓子食べてたり。
「え? どこが優雅やねん?!」って感じ。
でもねー、なんて言いますか、彼は優雅を演じることは勿論出来る。けれど彼はただ「優雅」とかそういう枠だけにとらわれず、自分の感情をいろんな風に表現してみせて、それが誰かに喜ばれることを、自分自身の至上の喜びとしてるって感じがしました。そんな姿に、ホントに子供のような顔がのぞいてて、ますますレスリーいとおしく思ってしまいましたね。へへへ。