おでかけの日は晴れ

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『花束みたいな恋をした』を観て思ったこと

セリフは最初から坂元裕二色が炸裂している。まるで彼の脚本を読んでいるみたいだった。
大学生の麦と絹。偶然出会ったふたりの関係は共感を中心として描いているのだけれど、この作品を観ている側もきっと共感でいっぱいになるのだろう。うん私もその本好きとかそのマンガ大好きとか私もこんな風に彼と出会ったとか。いや「坂元裕二脚本だ。観る!」という層はきっとこういう固有名詞に共感するのだろう、とも。
観終わった後、私が20代の時に出会ったふたりの男性の言葉を思い出した。
このふたりの言葉は聞いたその時にとても感銘を受け、その後ずっと私の中に残り続けている。
1人は豊橋でライブハウスを経営しながら自身もジャズミュージシャンだった吉田さんという人。
「古い友人は俺のこと、ずっと道楽続けてっていうけど、好きなことを続けるのは大変なんだぞ」と。
もう1人は、仕事で出会った80代の画家の男性。
「若い時は好きなものがたくさんあるんだけど、年を取るとそれがどんどん減っていくんですよ。そして僕にとっては絵を描くってことだけが残ったんですよ。」
まだ若い時は、好きなことが減っていくなんて思いも寄らなかった。うまく想像できなかった。ただふたりのこの言葉を20代初めの頃に聞いたとき、私は何故かすごく泣いた。好きなことは減っていく、そのことだけは知っておこうと思った。年を取ったときに私には何が残るのか。それはわからないけれど、きっと残ったものが本当に自分にとって大切なもので、そういうものを大事にしたいとも思った。
 
うちの店には麦と絹のような共感で繋がる若いカップルがいっぱいいたし今もいる。好きなものについていっぱい話している。そしてもしかしたら、この映画の麦のように価値観が大きく変わってしまい、あの時に好きだったものに対する気持ちが別の何かに変わってしまう人たちもいっぱいいるんだろう。変わっていくが勿論麦は素敵な男性だし絹も素敵な女性だ。ただふたりは繋がるための共感が大きく減ってしまっただけで。
 
映画の帰りに車の中で武田がくだらないことを言い、私もいつものように笑い、私たちはほんと、ずっと変わらずくだらなくて、こどもかっ、成長とかないんかっ、と言いながら、なにかの代わりに好きなものを捨てたり失ったりする生き方を選ばずに生きてこられてるなあと、それもちょっとした奇跡のようなものに違いないなあと思ったのでした。
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